自粛は日本を殺す 浜松まつり中止で考えさせられたこと

2011.03.20

ここ数日は、Smiles for Japanにかかりきりだったので、全くブログを書いている余裕がなかったが、ここはどうしても書かなくては、ということがあったので、筆を執った。


あのね、"自粛"、って何ですかね? "不謹慎"って食べられるんですかね?

今も、被災地ではろくに食べられない、それ以上に、暖をとる事も叶わず低体温で亡くなる方もいる。家が流されて、思い出の品を探す事で日々を過ごしている人も多いと聞く。だから、被災地の大変な状況を、苦しい思いを(完全には出来ないけど)、僕たちは同じように共有していこう。ここまではOK。

で、それがなんで"自粛"という経済活動を殺す行動に繋がるのか。
僕たちが出来るのは、沈んでいる被災地の経済を支えていくこと。寒い思いをしている人たちに毛布や食料を届け、復興期には仮設住宅を建て、人手を送り、お互いに汗をかいていくことなのではないか。そして、その為にはお金がいる。毛布や食料はただではない。仮設住宅=家を建てる。ドラえもんがどこでもドアから出してくれる訳ではないのだ。

そんな中、僕の地元、浜松が世にもまれに見るアホな決断を下した。

浜松まつりは、毎年5/3-5/5に開催される全国有数のお祭りで、100万人の観光客が訪れるという。
観光収入の金額は公表されていないが、単純に一人1,000円使って10億円。10,000円で100億円。平均値を知るすべがないのだが、それでも少なく見積もって数十億円の収入がある計算となる。震災の影響で出足が鈍くなったとしても、それでも十億円レベルの収入を浜松市は捨てた事になる。

浜松は全国の地方都市の例に漏れず、経済は沈下している。
遠州特産工業(二輪・四輪、楽器、織物)生産統計は2007年は1兆7,306億3,563万8千円。2008年は1兆6,373億7,774万6千円。そして2009年は1兆173億2,560万4千円へとこの一年で6,000億円以上急激に落ち込んでいる。
このような状況で、十億円レベルの経済活動を捨てた、ということだ。

同時に、祭りというものは本来から「人知を超えたものを敬い」、「悪いものを遠ざける」という二面が含まれている。浜松まつりは子供の健やかな成長を願い「悪いものを遠ざける」ということが大本にある。今こそ、まつりを「やるべき」ときだと思うのだ。

本当の意味で東北を支えるのであれば、まず、被災地以外が元気に経済活動を続け、その一部を義援金、復興支援金に回して行くというのが本筋ではないか。浜松まつりの1%を寄付することで被災地には数千万円が届く。まつりを無くして、このレベルの支援は可能なのか。

浜松だけではなく、被災地以外の全ての地方自治体に、同じ事を問いたい。

東北地方太平洋沖地震 ソーシャルメディアの強さ

2011.03.12

2011/3/11に発生した東北地方太平洋沖地震。最初の揺れのときはオフィス。横揺れが始まり、すぐに机の下に潜ったとき、目の前のチームメンバーが「津倉さん、震源地は東北だそうです」と、揺れながらスマホを片手に報告してくれた。このとき、若干の違和感とともに、ソーシャルメディアの果たす役割が大きい災害になるのだろうか、とぼんやり考えたことを覚えている。


現在、3/12の23:30。まだ余震は続いている。でも、このたった1日半で、僕たちはものすごい大きな悲劇を目の当たりにし、同意に、どれだけの善意がソーシャルメディアを駆け巡ったかに圧倒された。それは既存のメディアや通信インフラに変わる存在になったと言える。いくつか、感じたことをまとめてみる。

1. インターネットベースのサービスの強さ
インターネットだって結局は突き詰めれば有線、なのだけど、携帯で通話が出来ない時ですら、僕のiPhoneはTwitterやFBの情報をキャッチし続けた。アクセスするたびにどこか不安な気持ちを支えてくれたのは、その意外な頑健さ、だった。

2. ソーシャルメディアの速さ
これは功罪あるのだろうけど、僕は功、の方が大きいと思った。誰かが助けを求める声や、有用な情報がTLをすぐに駆け巡る。RTという手段をもった僕たちは、たとえ一人一人のフォロワーは少なくても、一斉に伝播する力を手にしているのだ。もちろん、数万人規模のインフルエンサーをレバレッジする手法も有効だった。

3. 根底に流れる善意
たとえ、情報がデマだっとしても、それをすぐに訂正される。同時に、公式RTという、デマの拡散を最小限に抑える手法が紹介される。同時に、災害時だからこそ、日常を思い出させてくれる朗らかなツイートだってあった。FBのポストだってそうだ。僕は、人間がもつ善意によって、健全な成長を続けるネットワークを目の当たりにした。

そんななか、僕に出来ることは何かと考え、ギルト・シティで初となるマッチング・ギフト方式の義援金募集を始めた。途中の紆余曲折はあったものの、結果、数時間で準備が終わり、セールとなったのはひとまず良かったと思っている。

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余震はまだ続いているし、寒さも厳しい。被災地の方にとって、これから復興という長い道のりが待っている。
大切なのは、ソーシャルメディアに速さだけでなく、持続性、という4つめの美徳を加えて、風化させてないことと思った。

ヒキヨセってこういうこと?

2011.03.05

最近、昔のご縁というのが、全く意図していなかったかたちで新たに繋がり直すことが多い。

新しい取引先にご挨拶をしに行った時のこと。一通り、商談が済んで、お互いのバックグラウンドなどを話しているとき、「あれ、その仕事、私も関わっていたんですけど」と言われ、もう一度お名刺を拝見すれば確かに字に見覚えがある。Amazon時代、自分の企画に連載をしてもらったある人のマネージャーさんだったことが判明。確かに、一度しかお会いしていなかったとはいえ、覚えていなかった自分に反省。と同時に、こういうご縁に感謝の想いを新たにする。

もしも自分が昔の仕事で無礼な態度を取っていたり、いい結果を出せなかったら、今回の出会いも険悪なものになっていただろう。でも、そうはならなかった。目の前の一つ一つを大事にすることが先に繋がっている。

引き寄せ、という言葉があると聞いたのだけど、それはやっぱり意志のチカラなんだろう。どうでもいい、と思って関わってきたものがヒキヨセルのはやっぱりダメなものが多いだろうし、逆もまた然り。うん。そういう気持ちは大切です。

続いて行く仲間 -『チャラ』ティー誕生の日-

2011.03.02

昨日(2011/3/1)は恒例となりつつある昔の会社のプチ同窓会。立ち上げから関わった洋楽のレコード会社で、自分は販売促進部のリーダーとして3年弱勤めた愛着のある会社。当時、25歳だった自分が一部署の立ち上げを採用からやらせてもらったばかりだけでなく、「面白い」と思ったアイディアは何でも試すことの出来る会社だった。手前味噌だが、一時期、流行したCD+DVDパッケージを本格的に売り出したのは自分のアイディアだったと思う。(その時の作品はこちら)

音楽業界を離れてしばらく経つけど、業界内の動向や今みんなが売り出そうとしているアーティストの話などを聞いていると、自分が心から楽しめる仕事をしてきたんだなぁ、と実感できる。もちろん、今も楽しいけれど、なんというか、仕事が遊び、というのを地でいっていた時間だった。

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さて、写真を見ていただいた通り、当時の制作部長のFさんを中心に囲んでいるのは全員女子。もともとはFさんを囲む会だったので、光栄なことに男代表として招かれているんだけど、結局、いじられ役。MBA後のキャリアおよび暮らしぶりが音楽業界とあまりに違うので、「金持ちになったねー」とか(実際はそんなことないけど。。)、ネタにされつつ、心地よい時間を過ごす。

最後の方で、「今後、つっくんって何をするの?」と言われたとき、口をついて出たのは、「音楽で世界を変えるような、チャリティーみたいなことをしたい」という衝動的な一言。みんな、「え?!」

こうなると、途中で引っ込める訳にはいかないので、祖父とのエピソードも交えて、今の想いの丈を全部話した。話している間、みんなどんな反応をするか不安でもあったけど、返ってきたのはあたたかな賛意。音楽を心から好きでそれを仕事にしている人たちだから、みんな心のどこかでそういう想いを持っていたんだろうなぁ。。。

ちょっぴりしんみりした場を壊したのはゴリの「じゃあ、つっくんはこれからも『チャラ』ティー、って事で」という一言。

どこまで行っても、チャラくて熱い"つっくん"でいられる仲間と過ごした一夜はまたしても自分の足を前に進めてくれる。
新しいプロジェクトを始めたら、彼らにもきちんと伝えよう。



使命を祖父と共有できた瞬間 -音楽で世界は変えられる-

2011.02.27

土曜日(2011/2/26)、実家で祖父母に会ってきた。

高校卒業まで祖父母に育てられている俺にとって、祖父母は父親と母親としての存在であり、自分が安心して所属できる唯一の家族。祖父は昨年(2010年)の猛暑で熱中症にかかり、一時期体力が著しく落ちたが、現在はほぼ回復。もちろん、昔のようにはいかないが、受け答えもちゃんとしているし、自分の足で歩いている。でも、祖父ももう93歳。ある程度の覚悟はしているので、今まで以上に、俺は俺の想いを祖父に伝えようと色々と話しかける。

前回帰ったとき(2011年1月)、初めて祖父に、俺の使命「エンタテインメントで世界のボーダーを無くす」、を打ち明けた。転職もしたばかりだったし、「もっと地に足をつけろ」的な事を言われるかと思ったら、「それはいい、使命を持って生きるのは素晴らしいことだ」と激励された。涙が出そうになった。

その後、祖父が終戦を迎えた場所、インドネシア・スラウェシ島(旧セレベス島)のメナドを訪ねようと思っている、ということも伝えた。そうしたら、祖父がポツポツと語り始めた。

「メナドでいつ敵が来るかどうか、おびえていたときに、島の人は温かくもてなしてくれた。クリスマスか何かのときに、島の人たちが歌と踊りに誘ってくれてね、その時は戦争のことを忘れられたよ。人間なんて、ホントは簡単なものでみんな同じなんだ。でも、何かがおかしくなると戦争なんてことが起こってしまう」

衝撃だった。俺が言っている使命というのも自分の人生の実感から出た想い。だが、祖父はそれより遥かに厳しい極限状態で、同じような事を感じていた。祖父の想い、戦時中に感じた真実と、俺がやろうとしていることが繋がった瞬間。

今回も、祖父は前回のことを覚えていて、父にも、「ゆうまは音楽で世界の為になることをやろうとしている」と言っていたらしい。まだ、最初のステップすら踏み出していないし、これからも困難が待ち受けているだろうけど、俺は祖父の言葉と想いがある限り、使命の為に進んでいけるのだと思う。

祖父の孫として生まれて来れて、本当に良かった。



マキコミの技術 -楽しむことで人は繋がって行く

2011.02.23

唐突ですが、「マキコミの技術」です。いしたにまさきさんコグレマサトさんの 手による良著で、ソーシャルメディア(ブログ、Twitter等)を活用して、如何に人の共感を得て、その上でネットワークを作り、最後は行動に結びつけ るまでを丁寧かつ分かり分かりやすく書いてある。実例も多く、多くの企業や個人が自分の行動に落とし込む事も出来るのではないか。

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ただ、内容としては、やはり営利目的をもった企業が顧客に対してのマキコミに重点が置かれている。つまり、B to Cのマキコミがウェイトを占めている。でも、これこそ、C to C、個人が世界を変えることに繋がる手法だと感じている。

昨日(2011/2/22)の記事に も書いたのだけど、マキコミの第一歩は自分が本当に心から楽しめる事をやること、これに尽きると思っている。例えば、会社のプロジェクト一つとっても、手 段はいくらでもある。大事なのは、その手段=過程を、如何に自分たちが楽しめるものにするか、ということ。そうすると、目線が上を向くし、同時に、楽しい ので継続が出来る。それを見て、周囲が(同僚や顧客も)共振し、ツールとしてのソーシャルメディアがその共振を増幅。結果、マキコミが起こるのではない か。

今まで、まず、目標をきっちり設定し、その手段を組み立てて、その一つ一つをこなす、という方法論を取りがちだったが、自分が一番パ フォームできたのは、その一つ一つの手段、もしくはタスクを楽しんでやっている時だった。エイベックスに務めていたとき、やること全てが自分のコアな楽し みに直結しており、結果、それがパフォーマンスに繋がっていた。(ちなみに、その中の一つは「ナンパを手段として新人を発掘」という企画、「夏女を探せ」 だった。。。)

これから先、自分が使命と心で決めた「ボーダーを無いものにする」というテーマも、その手段として選んでいるのはエンタテインメントの力。まずは、小さな一歩でも、自分が楽しむことを大事に足を踏み出してみよう。

そうそう、最近、思うのは、一歩踏み出すと、どんどん繋がって行く事。ブログ講座の案内を知ったのもTwitterからで、SET&NATのイベントを知ったのもTwitterからで、結局この2つが繋がって自分の考えが深化していく。

この巡り合わせに感謝。
明日はブログ講座も最終回。クルマで行くかもだから飲めないけど、交流会は楽しみ!!

"SET&NAT" Special Session -タノシムこと、マキコムこと、カジトルこと-

2011.02.22

今日(2011/2/22)はFM東京のイベント、"SET&NAT" Special Sessionに参加してきた。「遊びゴコロが社会を変える」というテーマで、武山政直さん松村真宏さんイケダハヤトさん草彅洋平さんがそれぞれの考えを20分のセッションで披露してくれるというもの。全員、それぞれのスタンスを取っていて非常に有意義なセッションだった。

今回、心に残ったのは以下のキーワードたち。
・"結果"より"過程"を"楽しめるものにする"ことで実現する「プレイフル経済」
・その"過程"を本人も気づかないうちに"楽しむ"に変えてしまう「仕掛け」
・同じ"楽しみ"を共有出来る仲間を探すことを可能にした「ソーシャルメディア」
・仲間との熱を"行動"変えて、社会に貢献が可能となる「プロボノ」
・同時に、その"楽しみに"を共有した人間によるプロジェクトを管理する「編集者」の重要性

Twitterにもそのときに思った事を投稿したけれども、上の示唆から導きだされたのは、以下のアクション。

1. まず、ビジョンを明確にする。
2. ビジョンに繋がる小さな一歩を具体的にイメージする。
3. その一歩を"楽しむ"化する
4. "楽しみ"の種をまいて賛同してくれる仲間=Tribeを探す
5. "楽しみ"を共有しながら、徐々にそのビジョンに近づく舵取りは強力に行う

ここで大事なのは3の段階で、あまり目的(=ビジョン)に到達するための手段、という見方をしないことと痛感。
このあたりの考えは今後より結晶化してくると思うので、今日はそのための材料として書き留めておこう。

実は、これって手法はちょっと違っても、「マキコミの技術」でいしたにさんが言っていることに通じるんだよね。

どうも、頭で考えると、「目的」がきちんとあって、それを達成する「手段」っていうのをきちんとしないと気持ち悪いんだけど、それは緩くても良くて、目の前の出来事を「楽しむ」ことをちゃんとする、もしくは目の前のやる事を「楽しい」ことに変える事が出来れば、自分の足は止まらないし、同じ熱を持った「仲間」を「マキコム」ことも出来る。

はい、という事で、明日は「マキコミの技術」の書評をもう少し書いてみようかと思います。

BCG -> Gilt。職歴順に飲み会に行ってみた。

2011.02.19

昨日(2011/2/18)は飲み会が2つ。
一つは前職(BCG)の同期会。もう一つは現職(Gilt)の同僚Kさんとの飲み。
意外とこういう組み合わせのはしごってなかったので、自分の道程確認にもなり面白かった。

BCGといえば、日本では最大級の戦略コンサルティング・ファーム。MBA卒業後の2009/9/1から1年強、お世話になったんだけど、その同日入社の9人(うち1人は現在上海オフィス)は仲が良く、日本にいる8人は2〜3ヶ月に1回のペースで同期会を開催している。全員中途入社で年齢もバックグラウンドも違うので、"同期"ながらもスペシャルな関係。

今回、話していて思ったのが、コンサル含めたプロフェッショナル・ファームの一員だった自分と、事業会社のGMの自分で方向性が相当に違うといういうこと。まだ結晶化(笑)できていないんだけど、「どこまで詰められるか」に付加価値を見いだすコンサルと、「詰めないでよい範囲をどこまでクリアに出来るか」という原則で部下の仕事を監督するマネージャーの違い。

まぁ、これは俺のキャラでもあると思うんだけど、昔からよく言えば「ROI意識が高い」、悪く言えば(というかこれが合ってるw)「楽して得取れ」だったし。チームメンバーが疲弊しないためには、「ここはもうやらなくても良い!」という範囲と、「ここは激詰めしてやってね」という範囲をクリアにするのが重要、と思っている。

このあたりはまた考えがまとまったら書いてみようかな。

22時過ぎに別の会合に合流。Giltで一緒のKさん。若いのにしっかりしてるし、押しも強いし、ガラも悪い(褒め言葉w)人。一度、飲んでみたいと思ってたから、嬉しい。お世話になっている業者さんのAちゃんも一緒。KさんとAちゃんは6年来の親友らしいで同じ勢いがあるんだけど、正確は真逆でそれも男同士の友情って感じで良い。想像通りの豪気な遊びっぷりで、4時過ぎまで飲んでました。詳細はあまり書かない方がいいと思うけど(笑)、Kさんのキャラがどうやって作られてきたのか。また飲みに行きたいと思えた一夜。

こうやって2つの会社の仲間を見てみると、続くであろう仲間には何か共通項があると思う。
と同時に、自分のミッションラインに照らしてみると、少しずつ違う人たちへとシフトをしているのも実感。

それが何かと言われると、言葉にしたら味気ない、微妙な空気感だったりする。これもいつかもっと書こう。

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そういえば、月は何やらすごかったですね。


デジカメが教えてくれたこと

2011.02.15

子供の頃、写真を撮られるのがキライだった。
親父が写真やビデオをこちらに向けると、顔を背けた。

思春期になっても、カメラにはあまり興味がなかった。
「写るんです」(なつかしい!!)を買って撮ったりもしたけど、ほぼ半分以上は現像に出さなかった。

それを劇的に変えたのが、初めて手にしたデジカメ、確かSONYのCybershot P-1だった。そして、iPhoto。
現像もせずに、しかもPCに簡単に取り込める。そして、僕のiPhotoライブラリは2000年12月31日から時を刻み続けている。。

DSC00004.JPGのサムネール画像
「2000年12月31日。その日、僕はその当時の彼女と親友と一緒に大晦日、明治神宮の初詣の列に並んでいた。僕の手にはなぜかくそ寒い冬の一日なのに「雪見だいふく」が握られていて、3人はひどい混雑にも関わらず、一瞬一瞬が楽しかった」


こんな事を書けるのも、デジカメとiPhotoのおかげ。
そこから、ことあるごとに僕は写真を撮るようになった。

多分、それは、僕が自分のことを好きになっていった時期とうまく重なっていたのだと思う。
そして、自分が見たものを、不完全でも残して行きたい想いが強くなっていった時期とも重なっていたのだろう。

もちろん、写真はなくたって、記憶は残っている。適度に美化されたり、汚されたりしながら。

だけど、いつか自分がいなくなった時、何かを残したい、この未練なキモチ。
いつか、僕の愛するヒトやモノが自分の目の前から去って行く事に備えている、この甘えたキモチ。

そのために、僕は、第三のレンズ、もしくは第二の記憶装置、もしくはセーブボタン、をデジカメというガジェットにミテいるのかもしれない。
***

今日の話題は、いしたにまさきさんからいただいたお題。というより宿題。

このブログ再開(というより開設以来ろくに書いていなかったので、もはや始動)、これを促したのは自分個人の精神状態の変化(目指すべき姿が生卵から半熟ぐらに固まってきた)だった。それを引き返さない状態にするために、他人のお力をお借りする、というもくろみでブログ再デビュー講座に参加させていただいている。

この講座の第一回目の宿題が、使っているデジカメについて書こう、というものだったわけです。
ここから色々と考えを巡らしてみると、そもそもデジカメってなんで使っているんだろう、って事に考えが至ったので、それをちょっとだけ。

いしたにさん、ごめんなさい。
全然、宿題の答えになってないね。

アツイネクラ

2011.02.13

三連休ももう終わり。

ボルダリングで始まり、Apple TVで観る映画鑑賞に終わり、楽しい時間を過ごした。

けれど、根底に流れていたのはこれからの自分の使命とどうやってそれを成し遂げるか。
色々な人からたくさんのヒントを貰った気がする。まだまとまりきっていないけれど。

その中で心に残ったのは、「熱いネクラの方が冷たいネアカよりいいんじゃない」という一言。

おいしい食事とおいしいお酒で酔っぱらいながら、自分の理想と自分の想いを思う存分吐き出して。
ふと我に返り、ちょっとおどけて「まぁ、こんな感じで俺って熱いネクラなんだよね」と笑う俺に、Sちゃんは「でも、冷たいネアカって最悪だし、yumaはそれでいいんじゃない?」

あぁ、そうか。
何かを笑って切り捨てられるより、何でもかでも持って行こう、という気持ち。それは俺の意思。
今まで考えてもみなかった対照。でも、おかげでまた一歩前進。

ボルダリングの疲れもあり、少しのお酒で具合悪くなってしまった俺を、呆れながら半笑いで見送ってくれたSちゃん。
赤羽橋の駅のトイレに駆け込み、家では床で寝てしまったけど、その言葉はきちんと残ってます。

↓犯人↓
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"限界"って意外に簡単なもの -ボルダリングに学ぶ

2011.02.11

最近、いろいろなチャンスをいただいたり、出会いに恵まれている。

同時に、その都度、自分の"限界"ってものを感じさせられる事も多い。
目の前の壁が高くそびえているように感じ、自分がいかにちっぽけな存在かを再確認。

でも、そもそも"Cross Border"を標榜している自分にとって、限界って壁なのか??

で、壁を物理的かつ肉体的に感じる為に、ボルダリングに行ってみました。
まぁ、理由はそんな深い意味はなくて、楽しそうだからやってみたのだけど。

初心者講習。案外さくさく進む。楽しい。

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ところが、あるコースに行った瞬間、みんな最後のステップで失敗してしまう。

言葉で説明するのが困難だけど、右手と右足が伸びきった状態で、体を大幅に左に振らなくてはいけないという体勢。
大きく左に跳ぶには、右手と右足を同時に離す必要があり、なかなか勇気がいる。
僕も親友U(しなやかな体育会系)も数回チャレンジし、落下。。。

「ダメかな」でも「悔しい」。。。
そして一休みをして再度チャレンジした瞬間。。。。

出来た!!!


何の事はない、気持ちをリセットして、下を見ずに、何も考えない。後は思い切りの問題。
そして、一回出来てしまえば、次も出来る。

ただ、楽しもうと行ったボルダリング。
そこで得たのは単純な真実。

つまり、「楽しもう」というマインド。

そして、「超えられる」という確信。

"限界"って意外に簡単なものでした。

旅の空に思う事

2010.10.06

旅ってやつは、要するに非日常。
今まで余裕がなくて考えられなかったことを考えるようになる。
特に一人で出張となると色々と内省的に考えてしまう癖がある。

そういう気分で選ぶからなのだろうけど、持っていく本がえらくセンチメントの季節。
今回、なぜか選んでしまったのは「犬と私の10の約束」「サヨナライツカ」

「私が死ぬとき、お願いです、そばにいてください」(「犬と私の10の約束」)
「人間は死ぬとき、愛された事を思い出すヒトと愛した事を思い出すヒトにわかれる。私はきっと愛したことを思い出す」(「サヨナライツカ」)

前者は犬の十戒から来ているので、イヌの視点。後者はヒトの視点。
だけど、そんな事は関係なく、自分のキモチをかき回される。

俺には、相手が命の最後の灯を燃やしているときに、そばにいてあげたいと思う存在が(犬も含めて)何人かいる。
でも、俺は誰にそばにいてもらいたいんだろう、と思うと、答えは闇に消える。
本当にいて欲しいヒトにいてもらえるのかな、と考えたりもするけど、諦めていたりもする。

俺が死ぬとき、愛したことを思い出すんだろうけど、その相手に愛されていたことも思い出したい、と願う。
だって、俺が今まで愛したヒトが、俺のことを愛してくれていたことを大事にしたいから。
でも、最後のヒトは誰を思い出すんだろう。答えは闇に消える。

だけど、その闇は決して怖い闇ではない事にも気づく。
俺は、真剣にヒトを愛して来れたんだと思う。たまには不完全、たまにはいびつなかたちで。
だから、俺は一人で死ぬとしても、本当にいて欲しいヒトがそばにいてくれなくても、それで受け入れるんだろう。

でもね。本当は分かっているんだ。
だから、俺は今をきちんと生きるしかないんだね。

思考と表現の速度

2010.06.16

このページはThoughtsと名づけた。

 

2010年現在、僕たちは様々な方法で自分の考え・想いを表現出来るようになってきた。

このBlogという形式はいまや時代遅れのような感じもあるけれど、何かを半熟の状態で出すにはちょうどいいと思っている。

つまり、まだ固まりきってはいないが、少なくとも、書いているこの時間を経て固形化しつつある思考=Thoughts、ということ。

 

思考というスタート地点から表現というゴールに向かうその速度、もしくは距離感によって、メディアを変える、というのが今の僕にはしっくり来るようだ。

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