"限界"って意外に簡単なもの -ボルダリングに学ぶ

2011.02.11

最近、いろいろなチャンスをいただいたり、出会いに恵まれている。

同時に、その都度、自分の"限界"ってものを感じさせられる事も多い。
目の前の壁が高くそびえているように感じ、自分がいかにちっぽけな存在かを再確認。

でも、そもそも"Cross Border"を標榜している自分にとって、限界って壁なのか??

で、壁を物理的かつ肉体的に感じる為に、ボルダリングに行ってみました。
まぁ、理由はそんな深い意味はなくて、楽しそうだからやってみたのだけど。

初心者講習。案外さくさく進む。楽しい。

image_2.jpg

ところが、あるコースに行った瞬間、みんな最後のステップで失敗してしまう。

言葉で説明するのが困難だけど、右手と右足が伸びきった状態で、体を大幅に左に振らなくてはいけないという体勢。
大きく左に跳ぶには、右手と右足を同時に離す必要があり、なかなか勇気がいる。
僕も親友U(しなやかな体育会系)も数回チャレンジし、落下。。。

「ダメかな」でも「悔しい」。。。
そして一休みをして再度チャレンジした瞬間。。。。

出来た!!!


何の事はない、気持ちをリセットして、下を見ずに、何も考えない。後は思い切りの問題。
そして、一回出来てしまえば、次も出来る。

ただ、楽しもうと行ったボルダリング。
そこで得たのは単純な真実。

つまり、「楽しもう」というマインド。

そして、「超えられる」という確信。

"限界"って意外に簡単なものでした。

旅の空に思う事

2010.10.06

旅ってやつは、要するに非日常。
今まで余裕がなくて考えられなかったことを考えるようになる。
特に一人で出張となると色々と内省的に考えてしまう癖がある。

そういう気分で選ぶからなのだろうけど、持っていく本がえらくセンチメントの季節。
今回、なぜか選んでしまったのは「犬と私の10の約束」「サヨナライツカ」

「私が死ぬとき、お願いです、そばにいてください」(「犬と私の10の約束」)
「人間は死ぬとき、愛された事を思い出すヒトと愛した事を思い出すヒトにわかれる。私はきっと愛したことを思い出す」(「サヨナライツカ」)

前者は犬の十戒から来ているので、イヌの視点。後者はヒトの視点。
だけど、そんな事は関係なく、自分のキモチをかき回される。

俺には、相手が命の最後の灯を燃やしているときに、そばにいてあげたいと思う存在が(犬も含めて)何人かいる。
でも、俺は誰にそばにいてもらいたいんだろう、と思うと、答えは闇に消える。
本当にいて欲しいヒトにいてもらえるのかな、と考えたりもするけど、諦めていたりもする。

俺が死ぬとき、愛したことを思い出すんだろうけど、その相手に愛されていたことも思い出したい、と願う。
だって、俺が今まで愛したヒトが、俺のことを愛してくれていたことを大事にしたいから。
でも、最後のヒトは誰を思い出すんだろう。答えは闇に消える。

だけど、その闇は決して怖い闇ではない事にも気づく。
俺は、真剣にヒトを愛して来れたんだと思う。たまには不完全、たまにはいびつなかたちで。
だから、俺は一人で死ぬとしても、本当にいて欲しいヒトがそばにいてくれなくても、それで受け入れるんだろう。

でもね。本当は分かっているんだ。
だから、俺は今をきちんと生きるしかないんだね。

思考と表現の速度

2010.06.16

このページはThoughtsと名づけた。

 

2010年現在、僕たちは様々な方法で自分の考え・想いを表現出来るようになってきた。

このBlogという形式はいまや時代遅れのような感じもあるけれど、何かを半熟の状態で出すにはちょうどいいと思っている。

つまり、まだ固まりきってはいないが、少なくとも、書いているこの時間を経て固形化しつつある思考=Thoughts、ということ。

 

思考というスタート地点から表現というゴールに向かうその速度、もしくは距離感によって、メディアを変える、というのが今の僕にはしっくり来るようだ。

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