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デジカメが教えてくれたこと

2011.02.15

子供の頃、写真を撮られるのがキライだった。
親父が写真やビデオをこちらに向けると、顔を背けた。

思春期になっても、カメラにはあまり興味がなかった。
「写るんです」(なつかしい!!)を買って撮ったりもしたけど、ほぼ半分以上は現像に出さなかった。

それを劇的に変えたのが、初めて手にしたデジカメ、確かSONYのCybershot P-1だった。そして、iPhoto。
現像もせずに、しかもPCに簡単に取り込める。そして、僕のiPhotoライブラリは2000年12月31日から時を刻み続けている。。

DSC00004.JPGのサムネール画像
「2000年12月31日。その日、僕はその当時の彼女と親友と一緒に大晦日、明治神宮の初詣の列に並んでいた。僕の手にはなぜかくそ寒い冬の一日なのに「雪見だいふく」が握られていて、3人はひどい混雑にも関わらず、一瞬一瞬が楽しかった」


こんな事を書けるのも、デジカメとiPhotoのおかげ。
そこから、ことあるごとに僕は写真を撮るようになった。

多分、それは、僕が自分のことを好きになっていった時期とうまく重なっていたのだと思う。
そして、自分が見たものを、不完全でも残して行きたい想いが強くなっていった時期とも重なっていたのだろう。

もちろん、写真はなくたって、記憶は残っている。適度に美化されたり、汚されたりしながら。

だけど、いつか自分がいなくなった時、何かを残したい、この未練なキモチ。
いつか、僕の愛するヒトやモノが自分の目の前から去って行く事に備えている、この甘えたキモチ。

そのために、僕は、第三のレンズ、もしくは第二の記憶装置、もしくはセーブボタン、をデジカメというガジェットにミテいるのかもしれない。
***

今日の話題は、いしたにまさきさんからいただいたお題。というより宿題。

このブログ再開(というより開設以来ろくに書いていなかったので、もはや始動)、これを促したのは自分個人の精神状態の変化(目指すべき姿が生卵から半熟ぐらに固まってきた)だった。それを引き返さない状態にするために、他人のお力をお借りする、というもくろみでブログ再デビュー講座に参加させていただいている。

この講座の第一回目の宿題が、使っているデジカメについて書こう、というものだったわけです。
ここから色々と考えを巡らしてみると、そもそもデジカメってなんで使っているんだろう、って事に考えが至ったので、それをちょっとだけ。

いしたにさん、ごめんなさい。
全然、宿題の答えになってないね。

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