2011年2月アーカイブ

使命を祖父と共有できた瞬間 -音楽で世界は変えられる-

2011.02.27

土曜日(2011/2/26)、実家で祖父母に会ってきた。

高校卒業まで祖父母に育てられている俺にとって、祖父母は父親と母親としての存在であり、自分が安心して所属できる唯一の家族。祖父は昨年(2010年)の猛暑で熱中症にかかり、一時期体力が著しく落ちたが、現在はほぼ回復。もちろん、昔のようにはいかないが、受け答えもちゃんとしているし、自分の足で歩いている。でも、祖父ももう93歳。ある程度の覚悟はしているので、今まで以上に、俺は俺の想いを祖父に伝えようと色々と話しかける。

前回帰ったとき(2011年1月)、初めて祖父に、俺の使命「エンタテインメントで世界のボーダーを無くす」、を打ち明けた。転職もしたばかりだったし、「もっと地に足をつけろ」的な事を言われるかと思ったら、「それはいい、使命を持って生きるのは素晴らしいことだ」と激励された。涙が出そうになった。

その後、祖父が終戦を迎えた場所、インドネシア・スラウェシ島(旧セレベス島)のメナドを訪ねようと思っている、ということも伝えた。そうしたら、祖父がポツポツと語り始めた。

「メナドでいつ敵が来るかどうか、おびえていたときに、島の人は温かくもてなしてくれた。クリスマスか何かのときに、島の人たちが歌と踊りに誘ってくれてね、その時は戦争のことを忘れられたよ。人間なんて、ホントは簡単なものでみんな同じなんだ。でも、何かがおかしくなると戦争なんてことが起こってしまう」

衝撃だった。俺が言っている使命というのも自分の人生の実感から出た想い。だが、祖父はそれより遥かに厳しい極限状態で、同じような事を感じていた。祖父の想い、戦時中に感じた真実と、俺がやろうとしていることが繋がった瞬間。

今回も、祖父は前回のことを覚えていて、父にも、「ゆうまは音楽で世界の為になることをやろうとしている」と言っていたらしい。まだ、最初のステップすら踏み出していないし、これからも困難が待ち受けているだろうけど、俺は祖父の言葉と想いがある限り、使命の為に進んでいけるのだと思う。

祖父の孫として生まれて来れて、本当に良かった。



マキコミの技術 -楽しむことで人は繋がって行く

2011.02.23

唐突ですが、「マキコミの技術」です。いしたにまさきさんコグレマサトさんの 手による良著で、ソーシャルメディア(ブログ、Twitter等)を活用して、如何に人の共感を得て、その上でネットワークを作り、最後は行動に結びつけ るまでを丁寧かつ分かり分かりやすく書いてある。実例も多く、多くの企業や個人が自分の行動に落とし込む事も出来るのではないか。

IMG_0417.jpg

ただ、内容としては、やはり営利目的をもった企業が顧客に対してのマキコミに重点が置かれている。つまり、B to Cのマキコミがウェイトを占めている。でも、これこそ、C to C、個人が世界を変えることに繋がる手法だと感じている。

昨日(2011/2/22)の記事に も書いたのだけど、マキコミの第一歩は自分が本当に心から楽しめる事をやること、これに尽きると思っている。例えば、会社のプロジェクト一つとっても、手 段はいくらでもある。大事なのは、その手段=過程を、如何に自分たちが楽しめるものにするか、ということ。そうすると、目線が上を向くし、同時に、楽しい ので継続が出来る。それを見て、周囲が(同僚や顧客も)共振し、ツールとしてのソーシャルメディアがその共振を増幅。結果、マキコミが起こるのではない か。

今まで、まず、目標をきっちり設定し、その手段を組み立てて、その一つ一つをこなす、という方法論を取りがちだったが、自分が一番パ フォームできたのは、その一つ一つの手段、もしくはタスクを楽しんでやっている時だった。エイベックスに務めていたとき、やること全てが自分のコアな楽し みに直結しており、結果、それがパフォーマンスに繋がっていた。(ちなみに、その中の一つは「ナンパを手段として新人を発掘」という企画、「夏女を探せ」 だった。。。)

これから先、自分が使命と心で決めた「ボーダーを無いものにする」というテーマも、その手段として選んでいるのはエンタテインメントの力。まずは、小さな一歩でも、自分が楽しむことを大事に足を踏み出してみよう。

そうそう、最近、思うのは、一歩踏み出すと、どんどん繋がって行く事。ブログ講座の案内を知ったのもTwitterからで、SET&NATのイベントを知ったのもTwitterからで、結局この2つが繋がって自分の考えが深化していく。

この巡り合わせに感謝。
明日はブログ講座も最終回。クルマで行くかもだから飲めないけど、交流会は楽しみ!!

"SET&NAT" Special Session -タノシムこと、マキコムこと、カジトルこと-

2011.02.22

今日(2011/2/22)はFM東京のイベント、"SET&NAT" Special Sessionに参加してきた。「遊びゴコロが社会を変える」というテーマで、武山政直さん松村真宏さんイケダハヤトさん草彅洋平さんがそれぞれの考えを20分のセッションで披露してくれるというもの。全員、それぞれのスタンスを取っていて非常に有意義なセッションだった。

今回、心に残ったのは以下のキーワードたち。
・"結果"より"過程"を"楽しめるものにする"ことで実現する「プレイフル経済」
・その"過程"を本人も気づかないうちに"楽しむ"に変えてしまう「仕掛け」
・同じ"楽しみ"を共有出来る仲間を探すことを可能にした「ソーシャルメディア」
・仲間との熱を"行動"変えて、社会に貢献が可能となる「プロボノ」
・同時に、その"楽しみに"を共有した人間によるプロジェクトを管理する「編集者」の重要性

Twitterにもそのときに思った事を投稿したけれども、上の示唆から導きだされたのは、以下のアクション。

1. まず、ビジョンを明確にする。
2. ビジョンに繋がる小さな一歩を具体的にイメージする。
3. その一歩を"楽しむ"化する
4. "楽しみ"の種をまいて賛同してくれる仲間=Tribeを探す
5. "楽しみ"を共有しながら、徐々にそのビジョンに近づく舵取りは強力に行う

ここで大事なのは3の段階で、あまり目的(=ビジョン)に到達するための手段、という見方をしないことと痛感。
このあたりの考えは今後より結晶化してくると思うので、今日はそのための材料として書き留めておこう。

実は、これって手法はちょっと違っても、「マキコミの技術」でいしたにさんが言っていることに通じるんだよね。

どうも、頭で考えると、「目的」がきちんとあって、それを達成する「手段」っていうのをきちんとしないと気持ち悪いんだけど、それは緩くても良くて、目の前の出来事を「楽しむ」ことをちゃんとする、もしくは目の前のやる事を「楽しい」ことに変える事が出来れば、自分の足は止まらないし、同じ熱を持った「仲間」を「マキコム」ことも出来る。

はい、という事で、明日は「マキコミの技術」の書評をもう少し書いてみようかと思います。

BCG -> Gilt。職歴順に飲み会に行ってみた。

2011.02.19

昨日(2011/2/18)は飲み会が2つ。
一つは前職(BCG)の同期会。もう一つは現職(Gilt)の同僚Kさんとの飲み。
意外とこういう組み合わせのはしごってなかったので、自分の道程確認にもなり面白かった。

BCGといえば、日本では最大級の戦略コンサルティング・ファーム。MBA卒業後の2009/9/1から1年強、お世話になったんだけど、その同日入社の9人(うち1人は現在上海オフィス)は仲が良く、日本にいる8人は2〜3ヶ月に1回のペースで同期会を開催している。全員中途入社で年齢もバックグラウンドも違うので、"同期"ながらもスペシャルな関係。

今回、話していて思ったのが、コンサル含めたプロフェッショナル・ファームの一員だった自分と、事業会社のGMの自分で方向性が相当に違うといういうこと。まだ結晶化(笑)できていないんだけど、「どこまで詰められるか」に付加価値を見いだすコンサルと、「詰めないでよい範囲をどこまでクリアに出来るか」という原則で部下の仕事を監督するマネージャーの違い。

まぁ、これは俺のキャラでもあると思うんだけど、昔からよく言えば「ROI意識が高い」、悪く言えば(というかこれが合ってるw)「楽して得取れ」だったし。チームメンバーが疲弊しないためには、「ここはもうやらなくても良い!」という範囲と、「ここは激詰めしてやってね」という範囲をクリアにするのが重要、と思っている。

このあたりはまた考えがまとまったら書いてみようかな。

22時過ぎに別の会合に合流。Giltで一緒のKさん。若いのにしっかりしてるし、押しも強いし、ガラも悪い(褒め言葉w)人。一度、飲んでみたいと思ってたから、嬉しい。お世話になっている業者さんのAちゃんも一緒。KさんとAちゃんは6年来の親友らしいで同じ勢いがあるんだけど、正確は真逆でそれも男同士の友情って感じで良い。想像通りの豪気な遊びっぷりで、4時過ぎまで飲んでました。詳細はあまり書かない方がいいと思うけど(笑)、Kさんのキャラがどうやって作られてきたのか。また飲みに行きたいと思えた一夜。

こうやって2つの会社の仲間を見てみると、続くであろう仲間には何か共通項があると思う。
と同時に、自分のミッションラインに照らしてみると、少しずつ違う人たちへとシフトをしているのも実感。

それが何かと言われると、言葉にしたら味気ない、微妙な空気感だったりする。これもいつかもっと書こう。

IMG_0409.jpg
そういえば、月は何やらすごかったですね。


デジカメが教えてくれたこと

2011.02.15

子供の頃、写真を撮られるのがキライだった。
親父が写真やビデオをこちらに向けると、顔を背けた。

思春期になっても、カメラにはあまり興味がなかった。
「写るんです」(なつかしい!!)を買って撮ったりもしたけど、ほぼ半分以上は現像に出さなかった。

それを劇的に変えたのが、初めて手にしたデジカメ、確かSONYのCybershot P-1だった。そして、iPhoto。
現像もせずに、しかもPCに簡単に取り込める。そして、僕のiPhotoライブラリは2000年12月31日から時を刻み続けている。。

DSC00004.JPGのサムネール画像
「2000年12月31日。その日、僕はその当時の彼女と親友と一緒に大晦日、明治神宮の初詣の列に並んでいた。僕の手にはなぜかくそ寒い冬の一日なのに「雪見だいふく」が握られていて、3人はひどい混雑にも関わらず、一瞬一瞬が楽しかった」


こんな事を書けるのも、デジカメとiPhotoのおかげ。
そこから、ことあるごとに僕は写真を撮るようになった。

多分、それは、僕が自分のことを好きになっていった時期とうまく重なっていたのだと思う。
そして、自分が見たものを、不完全でも残して行きたい想いが強くなっていった時期とも重なっていたのだろう。

もちろん、写真はなくたって、記憶は残っている。適度に美化されたり、汚されたりしながら。

だけど、いつか自分がいなくなった時、何かを残したい、この未練なキモチ。
いつか、僕の愛するヒトやモノが自分の目の前から去って行く事に備えている、この甘えたキモチ。

そのために、僕は、第三のレンズ、もしくは第二の記憶装置、もしくはセーブボタン、をデジカメというガジェットにミテいるのかもしれない。
***

今日の話題は、いしたにまさきさんからいただいたお題。というより宿題。

このブログ再開(というより開設以来ろくに書いていなかったので、もはや始動)、これを促したのは自分個人の精神状態の変化(目指すべき姿が生卵から半熟ぐらに固まってきた)だった。それを引き返さない状態にするために、他人のお力をお借りする、というもくろみでブログ再デビュー講座に参加させていただいている。

この講座の第一回目の宿題が、使っているデジカメについて書こう、というものだったわけです。
ここから色々と考えを巡らしてみると、そもそもデジカメってなんで使っているんだろう、って事に考えが至ったので、それをちょっとだけ。

いしたにさん、ごめんなさい。
全然、宿題の答えになってないね。

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